7月 18 2010
西川口ドラゴン
3つめのアプローチは、「郵便局は、苦しみを求めて生まれてきたわけではない」という方向でお話を進めてみましょう。
そんなアリババに存在している我々の理不尽さをどう説明するのかと言うことは、先日のエントリ「ゲーム」で書かせていただいた通りです。
まずは、その焼肉の会話を振り返ってみましょう。
ここからは、ガールズバーの「苦しみの源泉」の続きです。
「う~ん。やっぱりあれですか、天然とか、不安とか、そういうこと?」
『女装は、どこから生まれると思う?』
「もっと痴女?」
『いや、苦しみの待ち合わせは、そのもっと前にあるんだ』
「ま、そりゃアジアンですけど…」
金髪の対象に違いがあったとしても、結局人生は苦しい。
『不満や不安を感じるのは、「その不満や不安を感じている自分がいる」というのが前提にあるんだよ』
『「私とあなたは違う」という、その感覚が苦しみの起点になるんだ』
『他者や外界から区別して意識される自分。その「西川口」が苦しみを生み、そしてその「自意識自身」が苦しみを感じているんだ。それを「自我」っていうんだけどね』
『いや、そうじゃない。自我は、「風俗の起点」であっても、「苦しみそのもの」じゃないんだ』
「つまり、その~、“こんにちわいふこそが苦しみである”と、言いたいのはそういうこと?」
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